私がこの歌をはじめて聴いたのは昔NHKでやっていた『ときめき夢サウンド』という音楽番組でである。洋楽スタンダード曲を日本の歌手や音楽家の演奏で紹介する、といった番組だったと思う。渡辺貞夫さんのサックスによる黒いオルフェや大橋純子さんの歌うJust the Way You Are(ビリージョエル)が印象に残っている。バックでオーケストラが演奏していて、今思えば贅沢な番組だった。
ウィアオールアローンは布施明さんが歌っていたと思う。美しいメロディーに加え、テロップに表示される「みんな孤独なんだよ」というポピュラー音楽っぽくない詞に感銘を受けた。
しかし後に、この詞が誤訳であることを知る。
「私たちはみんなひとりぼっち」と「私たちは二人きり」ではずいぶん意味が違うわけで、当然違いはタイトルだけにとどまるはずもなく。訳している途中で色々な齟齬が出てくるはずだから誤訳に気付かないはずがないと思うのだが……翻訳家の強い意志を感じる。
まあ、誤訳にせよ何にせよ、それでメロディーの輝きが失せてしまうわけではないから大した問題ではない。
何でこんな話をしているのかというと、カラオケでこの曲を歌おうと思って音程を確認していたら面白い発見をしたのだ。
まずリンク先のボズ・スキャッグスの歌唱を聴いてほしい。
https://www.youtube.com/watch?v=jjLSJWhGmmA
これはリリース当時に収録された音源のリマスター版でご本人の公式アカウントで公開されているもの。埋め込み再生は許可されていないので聞く場合はリンク先に飛んでほしい。
余裕のある声で歌われているから分かりにくいかもしれないが、実はこれ、かなり高い音域での歌唱なのである。男性の高音歌唱における一つの目安になっている、いわゆるハイAは軽々出ているし、これを通りすぎたハイB (リンク先動画の2:45あたり)までも地声感のある強い声で歌っている。やっぱり歌手はすごいなあと唸らされる。
どんな風に歌っているのか気になってyoutubeでライブ動画を探してみた。いくつか見つかったのだが、どれを聴いても、
ちょっと低い。最初に紹介した音源ではキーがGなのだが、↑この映像、1983年の日本公演とされるこの歌唱ではE♭になっている。カラオケで言うと原曲キーから4つ下げたキーだ。
↓こちらは2003年の公演のようだが、キーをCまで下げている。カラオケで言うと原曲キーからマイナス7。
https://www.youtube.com/watch?v=oNOwGxqRkEM
マイナス7というのは女性歌手の曲を男性が歌う場合によく使う設定だ。ちなみにカラオケ機種がジョイサウンドだとマイナス6までしか設定できない。
歌手が自分の持ち歌をキー1つ下げで歌っているのは時々見かけるが、4つも下げているのは見たことがない。不思議に思って調べていたら、ミュージシャン和田春彦さんのブログで非常に興味深い記述を見つけた。
(ここから引用)
だが、驚いちゃうのがそれからで、実は歌詞が出来ない事で頭が一杯だった彼は、リズム・トラックのレコーディングの時から、本気で歌っていなかったとのこと。だが、実際に本番の歌入れで合わせてみたら、キーが高かったことに気がついたって言うんだから。
でも、もうキーを低くすることは出来ない。なので、数小節歌っては休み、歌っては休みでレコーディングを何とかやり終えたとのこと。これは、にわかに信じ難いのだが、もし本当なら、あれだけのミュージシャン達が揃っていても、そんなドジな話があるのねぇと、ちょっと安心するかも。
(ここまで引用)
ああ、だからライブでは大幅にキーを下げているのか、と納得した。ただ、あれだけ余裕のある感じで高音鳴らしているのを聞くとライブで4つも下げる必要があったのか疑問は残る。下げるとしても1つ2つで十分なのでは、というくらいの余裕を感じる。
多分ボズ・スキャッグス本人は高音歌唱にこだわりはなかったのだろう。むしろ低い声を聞かせたかったのかもしれない。ウィアオールアローンのキー下げはそんな感じがする。
無理した高音より、余裕のある低音の方が聴く側にはやさしい場合もあると思うし、そもそも高い声が絶対善なら男性歌手はいらなくなってしまうわけで。そういうことを考えさせられる発見だった。
まあでも、あの高音を響かせているボズ・スキャッグスの歌唱姿は見てみたかった。