ボーカル受講していたポピュラー音楽教室で細々とドラムを習っている。(最近ギターも始めた)
先日、ドラムセットのチューニングの話になった時、先生が二つのタム(太鼓)を鳴らし音程の話を始めた。私にはどちらも「ポムッ」にしか聞こえなかったので「音程に聞こえない」と言ったら、先生は二つを低い方から順番に叩いて「ンーンー↑」とハミングした。ソー、ドーのような音程だった。不思議なことにそう思って聴くと確かにそう聞こえた。
意識すると聞こえてくる音程もあるのだなと感心すると同時に「あとどれくらい自分には気付けていない音があるのだろう」と途方のなさも感じた。「打楽器への興味が薄いから気付かないんだよ」と言われればそれまでだが、多分それだけの話でもない。
以前練習方法についての話の中で、その先生が「頭の中で曲を鳴らしながら叩く」と仰っていた。聞いた瞬間、自分には無理だと思った。私には頭の中で曲を再生し続けられるほどの強い音のイメージがない。
聞いた音がその場ですぐに消えてしまうのと、残響のように頭の中で響き続けるのでは、同じ音を聴く経験でもその重みがまるで違うはず。いくら神経を研ぎ澄ませても、頭に入ってきた音の像が曖昧なら、できあがる心象もぼんやりしたままである。輪郭のはっきりした音像を持つ人達が難なく掴んでいるイメージを、どれだけ意識を集中させても私は捉えることができない。そんな想像をした。
だから何という話でもない。イメージが弱くても音楽を聞けば感動するし演奏すれば楽しい。練習で音のイメージも少しずつ付いてくる。小さな変化を楽しみ続けることに変わりはない。
とは言うものの、やはり「何とかならんかなあ」と思案してしまう。
まあ、思案するのも含めて楽しめれば。
幸いピアノの先生方のブログで興味深いメソッドを色々知ることができたのであれこれ試していきたい。「よし、やってみよう」と前向きになれるのは幸せなことだと感じる。