fortia’s カメラレビュー

カメラと猫と骨董品

長いレンズは望遠?

dp0クアトロというデジカメがある。

シグマが2015年に発売したデジカメ

見ての通りレンズが長いが、望遠カメラではない。

むしろその逆で、ものすごく広い範囲が写る広角カメラだ。

dp0 quattro   ISO100, 14mm, F5.0, 1/1000

こういう超広角レンズは四隅が歪んで写るものもあるが、このカメラは歪みを極限まで減らし、直線が直線のまま写るように作られている。

dp0 quattro   ISO100, 14mm, F5.0, 1/250

だからこのカメラを持ち出すと、つい、直線で構成された被写体を探してしまう。

dp0 quattro   ISO100, 14mm, F4.0, 1/1000

一眼レフやデジカメ用の高性能広角レンズが長くなりがちなのは、カメラをやる人の間ではよく知られた話である。このカメラを作ったシグマの開発秘話にもその記述がある。

美しい画像を得るためには、レンズを通過してきた光に角度をつけず、できる限りまっすぐにセンサーへ当てるのが理想だ。(中略)原理としては物理的な全長を稼ぐことで、レンズの前面から入った光を何枚ものレンズを通過させながらゆっくりと曲げていき、光がレンズの反対側から出る時点で無理なくまっすぐにする仕組みだ。

SIGMA dp0 Quattro - 開発インサイドストーリー 2 | 株式会社シグマ

そんなわけで、カメラマニアはレンズの長さと画角にそれほど強い相関を見出してはいない、と思う。

しかし、一般的にはやはり「長いレンズは望遠」の図式が固いようである。

dp0 quattro   ISO100, 14mm, F4.0, 1/160

8年前、横浜みなとみらいにある↑この直線が美しい荘厳なビルを撮影していた時のことである。

こういう被写体に正対して平面的に撮ろうとすると、わずかな傾きが気になるものである。この写真でも真ん中より上はまあオーケーだが、下の方、ビル接地面の水平がちょっと怪しい気がして撮り直したくなった。フィルムカメラならその場で撮った絵の確認はできないし、フィルム代もばかにならないから撮り直しなんてやらない。でもこれはデジカメだからその場で傾きが確認できるし何度でも撮り直せる。

だから私は何度も撮り直した。

平面構成の写真をよく撮る人は分かると思うが、傾きゼロの写真は難しい。上部の直線の傾きを解消すると下部の直線が傾き、それを直そうカメラを動かすと今度は上部の線が最初より傾いた状態に……といった負の連鎖に陥る。水平ズレとパースを同時に解消しなくてはならないから想像以上に難易度が高いのだ。あとで画像処理ソフトで補正すればいいのだが、それは何か負けた気がするし。

で、撮り直していた。

多分5分くらいだったと思う。悪戦苦闘を続けていると、ビルの管理者なのか作業着に身を包んだ人が来て、険しい表情で言った。

「ちょっとあなた、さっきから何撮ってるんですか。そんな望遠レンズで」

私は衝撃を受けた。

世間に迷惑を掛けぬよう、それなりに気を遣ってこの趣味をやっていたつもりだったのに、こうもあっさり不審者に見られたという衝撃と、この程度の長さのレンズでも望遠に見えるのかという衝撃。色々なカメラを使った身からするとdp0なんてかなりコンパクトなカメラだから、これが怪しい望遠レンズに見られるとは想像もしていなかった。

私の認識では怪しい望遠レンズというのはこういうやつだ↓

Takumar 300mmF4

さすがに、これを街中で構えていたら問答無用の不審者扱いも致し方ない。

しかしこのサイズのカメラで……

シグマが気合い入れてデザインしたこのスタイリッシュなカメラで……

ちょっと時間かけてビルを撮っていただけなのに……

私はひどく打ちのめされ、もうこの趣味はやめよう、と思うほどだった。

 

ただ撮影記録を辿ると、この出来事の5日後には再びdp0を持ち出して街の撮影をしているから、立ち直りは早かったようだ。当時はすでにカメラ趣味が世間でどう思われるのか肌感覚で理解していたから、心の準備ができていたというのもあるだろう。

他人に迷惑を掛けない、を徹底するなら街中でカメラを出すのをやめるほかないが、どこか折り合える場所を探せれば、と思い今日も撮影を続けている。