fortia’s レビュー

カメラと猫と音楽と骨董品

大人の習い事は何のため

以前、社会人の体験記でピアノだったかギターだったかを習うためにお試しレッスンをいくつか受けてきた話を読んだ。

最初に行った教室は、楽器演奏の時間よりも手拍子でリズム打ちをやらされる時間が長くて楽しくなかったが、別の二つの教室は楽器演奏をさせてもらえて楽しかった。その二つのどちらかにしよう、みたいな内容だった。手でリズムを打てないと楽器でも演奏できないから上達を目指すなら一つ目の教室が良いと思うけど、つまらないというのも分かるから難しい話だなと。

どの先生も習いに来た生徒の課題は一聴で把握するはずだが、社会人レッスンの場合は「大人の習い事だから…」で指摘しないことも多いと思う。誰でも欠点を指摘されるのは嫌だし、仮に欠点が自覚できたとしても大人だと改善するのに時間がかかって嫌気が差してやめてしまう。だったら余計なことは言わずにやりたいことをやってもらった方がwin-winと。大人の生徒は余暇を充実させたくて来ているのだから実際の所これが正解なんだと思う。

*istDS2 + smc PENTAX-FA 50mmF1.4  ISO200, 1/180秒, F1.7, トリミング

私も音楽教室のボーカルレッスンを一年近く受けた経験がある。音痴の改善をしたかったのだが指導内容がボイトレや歌詞表現に偏っていて、音楽的な相談をしても聞き流されるばかりでやめてしまった。後から聞いた話、先生はミュージカル系の出身で音楽教育には詳しくなかったそうだ。それなのに私はいつも「ピッチのずれに気付かないんです、音程のイメージが弱いんです、自分が歌った音の音程も分からないんです、ここ外してしまうのはコードトーンにない音だからですかね?」などと音感の悩みばかり相談していた。単純に講師生徒のミスマッチという問題もあったわけだけど、最後の方に先生から「○○さんは一体どうされたいんですか。もっと楽しんでやりませんか」と言われて、根源的な過ちに気付いた。

「ここは誰もが通える町の音楽教室であって歌手養成所じゃないし自分は歌手を目指す若者でもないんだ」

大人がレッスンを受ける目的は趣味として楽しむため。養成所のごとくカリキュラムがあって目指すべき場所に向かい階段を一歩ずつ上がっていく、そういうあれではない。私は音感の悩みも含めて楽しんでいたつもりだが、先生に「もっと楽しんで」と言わせてしまったのは私の態度が一般に習い事に臨む時のそれと異なっていたからだ。言うなれば私の必死すぎる姿勢は大人の習い事の枠組みから完全に逸脱していた。

*istDS2 + 多分smc PENTAX-K 135mmF2.5  ISO200,  1/350, 多分F2.5, トリミング

自分でアプリを使いながら各音程を歌う訓練を始めて、少しずつ音のイメージができてきたから、やはり音感に乏しい大人にはこういう地道な作業が必要だと実感しているが、教室の先生がこの手のメソッドを持っていなかったとしても責められない。大人の習い事は未来ある若者が音楽学校や養成所に通うのとは違う。夢を抱く若者の情熱には応えてほしいが、我を忘れたおっさんの狂気に応じる義理は無用。

そう、私は勘違いしていたが、大人の習い事は青春をやり直す場ではないのだ。先の見えたおっさんが青春を駆け抜けるような熱量で習い事に臨んだら周りは引いてしまう。熱があるのはいいとしても自分がずれていることは自覚しておかなければならない。そんなことを学んだ私の習い事経験だった。