fortia’s カメラレビュー

カメラと猫と骨董品

Auto-Quinaron 1:2.8 f=35mm Steinheil München

シュタインハイル社のエキザクタマウントレンズ、オートキナロン35mmF2.8。カメラはイハゲー社の一眼レフ、エキザクタ・ヴァレックス2a。

レンズのシリアルナンバーから1960年前後の製造と思われる。↓こちらホルストノイハウスさんのサイトによるとこの緑帯のキナロンは1958年に発売されたらしい。

https://photobutmore.de/exakta/steinheil/

当時の価格は405ドイツマルクとのこと。1958年のレートは年平均で1ドル4.19マルクだったから400マルクはUS$100弱くらい。下にリンクを貼ったパシフィックリムカメラさん掲載のカタログを見るとアメリカでの価格はUS$150となっている。100にしても150にしても「カメラレンズにしては安いな……」と思ってしまうが、当時と今ではお金の価値が違う。アメリカ労働統計局のインフレ計算機に数字を入れてみると、

アメリカ労働統計局のCPIインフレ計算機による推計

当時のUS$150は現在のUS$1,580……

当時の人たちも、今私たちが最新レンズを買う時と同じような緊張感と高揚感を胸に秘めて、このレンズを買い求めたことだろう。

https://www.pacificrimcamera.com/rl/01918/01918.pdf

https://www.pacificrimcamera.com/rl/rlSteinheilMisc.htm

このカタログを見て驚くのはラインナップ中、35mmが最広角であることだ。今では当たり前の28mmがない。フランスアンジェニューのレトロフォーカス28mmF3.5が1953年に出て、ニコンが1960年に同じスペックを実現させているから、ドイツのシュタインハイルも、と思ってしまうが1962年にアメリカ企業に買われてしまうくらいなので、もう力もなかったのだろう。しかし最広角が35mmは今の感覚ではやはりちょっと寂しい。

このオートキナロンは35mmF2.8とスペックは控えめながら大柄なレンズである。同じスペックのレンジファインダー用ビオゴン35mm(写真左)と比べると違いは明らか。一眼レフカメラ用の広角レンズは設計上の制約があるから大きくなるのはやむを得ない。

だが、この大きさが重厚なデザインのヴァレックスには相応しいとも思う。元々この組み合わせで販売されていたかのような収まりの良さだ。

 

ここからはこのレンズの性能について。

撮影はマウントアダプタを介してデジタルカメラで行った。

Exakta-LeicaMとLeicaM-SonyEの二段構成

解像力 Resolution

α1 + Auto-Quinaron35mmF2.8   ISO100, F2.8, 1/3200

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/f/fortia/20230827/20230827163149.jpg

開放F2.8だと中央でもやや甘い。ふんわりした描写になる。絞るとコントラストが向上する。周辺は細かく見ればの話だがF8まで絞っても甘さが残る(像がぶれている)。

周辺光量 Vignetting

絞り値と周辺光量の変化

周辺光量不足はF8まで絞ると改善する。フィルムカメラの場合はそこまで絞らないでも改善するかもしれない。

歪曲収差 Distortion

α1 + Auto-Quinaron35mmF2.8   ISO100, F2.8, 1/125

ゆるい樽型歪曲。

ボケ Bokeh

まず後ボケ。

α1 + Auto-Quinaron35mmF2.8   ISO100, F2.8, 1/6

次は前ボケ。

α1 + Auto-Quinaron35mmF2.8   ISO100, F2.8, 1/8

後ボケとはピント面の後方にできるボケで、前ボケはピント面の前方にできるボケ。ボケはピントの前後で性質が異なることが多い。レンズの特徴が出る注目ポイントである。

ビー玉入りガラス瓶のボケ部分をそれぞれ拡大してみる。

このように、このレンズでは前ボケは滑らかで溶けるようにボケるが、後ボケは輪郭が付いてにぎやかになる。輪郭の付くボケはキラキラして良いという評価もあるが、場合によってはうるさい印象になることも。二線ボケと呼ばれ忌避されるボケの原因はこれと言われる。

一般的な写真を考えた場合、ピント面の手前に何かを配置してボカす構図は少ないので、後ボケの方が重視されがち。

以前紹介したペンタックス67のソフトフォーカスレンズはこのレンズと前後ボケの性質が逆で後ボケが滑らかで、前ボケに輪郭が付く。

なぜこういう差が生じるのかというと、レンズ設計時の考え方による。

下記『素人レンズ教室』さんの解説ページの上から六番目の図にある「球面収差過剰補正タイプ」が今回のオートキナロンに当たり、ペンタのソフトフォーカスレンズは上から三番目の「無補正タイプ」に当たると思われる。

https://www.oldlens.com/lens%20kyoushitsu04%20hyou.html

絞り開放時の解像の甘さを見ても、このオートキナロンはよく言う「一段絞って使う」を前提にした球面収差過剰補正レンズではないかと思う。

長くなったので作例は次の記事で。