fortia’s レビュー

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絶対に分からないもの

年をとって一つだけ、人間的に成長したなと思える気付きがある。それは「その立場にならないと絶対に分からない心情がある」ということ。そんな当たり前のことみんな知ってるよと笑われてしまうかもしれない。でも実感としてこれを知っている人は少ないんじゃないかいう気もする。

この実感があると、理解できない他者に対して少しだけ寛容になれる。
「この人の言動は理解できないけど、この人が生きてきた環境でこの人のように毎日を積み重ねたら自分も同じ思考に辿り着くのかもしれない」と考えられるようになる。別にそう考えたからといって、許容できないものはできないし折り合いがつくわけでもないけれど、少なくとも自分の心が憤りに支配されてしまう状況は避けられる。心の中が憤慨で満たされたら自分も辛いし、敵意が滲み出ている人には相手も心を開きにくいだろう。

ネットもマスメディアも人を焚き付けるようチューニングされた情報が飛び交っていて、ともすると心を毒されやすい状況にあると思うけど、怒りに身を委ねる前にひとまず「まあ、そこに立てばそういう風にしか見えないのかもしれないし、そう行動するしかなかったのかもしれないね」と考えることができたらどうだろう。もちろんそれでも、おかしいものはおかしい。でも、みんながこういう少し冷めた目で物事を見るようになったら、対話で解決していく社会というのも実現できるような気がする。

辛い状況にいる人に対しても「あなたの辛さが分かる」よりも「あなたの辛さは分からないけど寄り添いたい」の方が良い場合もあるだろうし「自分には絶対に分からない他者の心情がある」という前提を持つのは結構大事だと思う。

七月初旬の空